In Silico

マテリアルズインフォマティクス・材料

組み合わせ爆発——材料の候補は天文学的で全部は試せない

2026/6/26 (更新: 2026/8/8) シリーズ「コンピュータで材料を探す」 第1回 / 全4回

材料には、ひとつの根本的な見方がある。 材料の性質は、「何でできているか」と「どう並んでいるか」で決まる。

ならば話は簡単に思える。ありうる組み合わせを片っぱしから作って、試せばいい。 あとは、いちばん成績の良かったものを選ぶだけだ。

——この素朴な作戦が、なぜ現実には絶望的なのか。少しだけ数を数えてみよう。

元素を選ぶだけで、もう手に負えない

実用になる元素は、ざっと90種類ほど(周期表の安定な元素を大まかに数えて)。 材料は普通、それらを組み合わせて作る。では「どの元素を混ぜるか」を選ぶ場合の数は——

⚠ 概念図:棒の長さは実比率ではない 90種類から「混ぜる元素」を選ぶ組み合わせ 2元素 約 4,000 通り 3元素 約 12万 通り 4元素 約 250万 通り 5元素 約 4,400万 通り(5元素を選ぶだけで) さらに ×(混ぜる比率)×(原子の並べ方) = 天文学的な数。作って試し切れる量ではない。
「どの元素を混ぜるか」を選ぶだけで爆発する。比率と並べ方を掛けると、数は文字どおり天文学的になる。
数値は C(90,k) の厳密計算だが、棒の長さは圧縮した目盛りで、値にも対数にも比例していない。(作図:AI)

数えてみると、こうなる。「混ぜる元素を選ぶ」だけで——

そして、これはまだ「どの元素か」を選んだだけだ。実際の材料は、ここに

が掛け算で乗ってくる。候補の数は、あっという間に天文学的になる。 (参考までに、薬になりうる分子の種類は 10の60乗 規模と見積もられている1。無機材料も、桁こそ違えど「数え切れない」点は同じだ。)

作って試すのは、絶望的に遅い

数が多いだけなら、速く試せばいい。だが現実の実験は遅い。 ひとつの材料を合成し、結晶を整え、性質を測る——一つずつ作って確かめるやり方では、どんなに急いでも一日に数えるほどしか進まない。 仮に1時間に1個試せても、1年で約 8,760個。250万通りを試すだけで 約285年かかる。比率や構造まで入れたら、宇宙の年齢でも足りない。

実際、人類がこれまでに実際に合成し、構造を測って確かめた無機材料を集めたデータベース(ICSD)でも、登録は約30万件の規模だ2。ありうる空間の、ごくごく一部しか、私たちはまだ覗いていない。

だから「賢く探す」——それがこのシリーズのテーマ

ここで詰まる。全部は試せない。でも、宝はどこかにある。

この行き詰まりを破るのが、コンピュータの役割だ。やることは大きく2つ。

  1. 作る前に、計算で“当たり”を絞る——物理法則やデータから「これは良さそう/ダメそう」を予測し、実験する候補を一気に減らす。公開データベースは、この計算(DFT)による物性の先読みを蓄積したものだ3。近年ではこれを深層学習と組み合わせ、それまでの研究を基準にすれば安定と言える構造を220万個規模まで洗い出した例も報告されている(うち38万1000件が、更新後の凸包の上に残る新規材料とされた)4。これは一括で当てたのではなく、6ラウンドの能動学習を回した結果だ——当たりの割合は構造・組成それぞれ6%未満/3%未満から始まり、反復のたびに上がって最終的に80%超/33%超に達したと報告されている。反復そのものが効いている。ただし、こうした計算による絞り込みの精度は、モデルによって大きく違う。ここでいう適合率(precision)とは、「安定」と予測した候補のうち、本当にDFTでも安定だった割合のことだ。誤検出が出る理由も、同じフレームワークが説明している。凸包から 0 eV/atom という判定境界のすぐ近くでは、エネルギーの回帰精度が高いモデルでも偽陽性が出やすいのだという5。Matbench Discoveryのリーダーボードでは、上位の汎用原子間ポテンシャルが0.92前後に達する。一方、2023年に登録されたまま更新されていないCHGNetは0.51にとどまる——「安定」と予測した候補の半分近くが誤検出である5。どのモデルを絞り込み役に据えるかで、後段の実験に流れ込む誤検出の量は数倍変わる。
  2. 賢く次の一手を選ぶ——闇雲ではなく、「次にどれを試すと一番学べるか」を選んでいく。「精密な」計算段階として使われるDFTも、公開データベースが標準的に使うGGA(PBE)レベルでは実験値から系統的にずれる——生成エネルギーで平均 +131 meV/atom、平均絶対誤差は 170 meV/atom 超と報告されている。汎関数を替えれば縮む種類の誤差だ。同じ論文は、r²SCAN級の基盤MLIPで補正した生成エネルギーをPBEsolの構造で評価すると平均誤差がゼロになる(PBEの構造では −28 meV/atom が残る)と報告している。それでも、絞り込みの各段階がどれも近似にとどまることに変わりはない6

こうして「材料を、情報と計算の力で探す」流れは、しばしば「マテリアルズインフォマティクス」と呼ばれる。ただしこの言葉が指す範囲は広く、人によって使い方も違う——ここでは“計算で候補を絞り込む”その入り口を見た、というくらいに捉えてほしい。


出典6件
  1. 「薬になりうる分子(drug-like chemical space)」の規模を約10^60とする見積もりは、Bohacek et al. (1996) 以来よく引用される代表的な推計(桁の目安として)。リンク先は購読者向けで、本稿からは本文に到達できていない(403)——書誌は Med. Res. Rev. 16(1), 3–50 (1996)、著者 R. S. Bohacek, C. McMartin, W. C. Guida、PubMed 8788213 まで照合済みで、未確認なのは本文中の当該数値である。 https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/(SICI)1098-1128(199601)16:1%3C3::AID-MED1%3E3.0.CO;2-6

  2. 「作って確かめた」規模の代表がICSD(無機結晶構造データベース)。公式の集計ページはリリース 2026.1 について逐語 Entries: 335,032 / Theoretical structures: 35,221 と記す——総登録には理論構造が約1割含まれるので、実験で測定・登録された分はおよそ 30 万件(335,032 − 35,221 = 299,811)である。本文の「約30万件」はこの実験由来の側を指す。なお計算主体のMaterials Projectも同じ十万件台の規模だが、こちらはDFT計算による予測構造(未合成のものを多く含む)なので「作って確かめた」数ではない。実際、Materials Project 自身が2026年6月に公開した版で GNoME 由来の構造を新たに 74,052 件取り込み、累計 11.7 万件に達したと公式の更新履歴に記している(This brings the total to 117k GNoME materials)——「実験由来のDB」と「計算由来のDB」の境目は、すでに曖昧になりつつある。いずれも「ありうる空間」に比べればごく一部。組み合わせ数 C(90,k) は初等的な計算による。 https://icsd.products.fiz-karlsruhe.de/en/about/about-icsd(検索インターフェース icsd.fiz-karlsruhe.de はログイン画面で件数を載せていないため、集計ページを指す)。Materials Project 側の件数と GNoME 取り込みは公式の更新履歴 v2026.04.13(2026年6月8日公開)による: https://docs.materialsproject.org/changes/database-versions

  3. A. Jain, S. P. Ong, G. Hautier ら, “Commentary: The Materials Project: A materials genome approach to accelerating materials innovation,” APL Materials 1(1), 011002 (2013)。密度汎関数理論(DFT)計算によって既知の無機材料の物性を先読みし公開データベースとして蓄積する取り組みを報告——本稿の「計算で当たりを絞る」という主張の裏づけ。ただしこの2013年の論文が扱うのは既知の材料である。要旨は逐語 uses high-throughput computing to uncover the properties of all known inorganic materials とし、仮想材料の設計は逐語 Future efforts will enable users to perform ''rapid-prototyping'' of new materials in silico今後の課題として挙げられている。 https://doi.org/10.1063/1.4812323

  4. A. Merchant ら, “Scaling deep learning for materials discovery,” Nature 624, 80–85 (2023)。深層学習(GNoME)により、先行研究(Materials Project)を基準にすれば安定な構造を220万個見つけ、うち38万1000件が更新後の凸包の上に残る新規材料だと報告した。同論文は、GNoME 自身が Materials Project と OQMD の「安定」材料を 5,000件以上凸包から追い落としたとも書いている(逐語 GNoME displaces at least 5,000 "stable" materials from the Materials Project and the OQMD)——安定判定は更新される暫定値であり、本文の「絞り込みの各段階は近似にとどまる」を同じ出典の内側から裏づける。また要旨は Of the stable structures, 736 have already been independently experimentally realized と書くが、Methods を読むと実体は ICSD に集積された実験構造との一致が736件で、そのうち 184 of these structures correspond to novel discoveries since the start of the project——736件すべてが GNoME の予測を受けて新たに合成されたわけではない38万1000は220万の部分集合である——原典の逐語は GNoME models found 2.2 million crystal structures stable with respect to the Materials Project. Of these, 381,000 entries live on the updated convex hull as newly discovered materials。絞り込みが二段になっているのは、逐語 Given that discovered materials compete for stability ——新しい発見どうしが競合して凸包が引き直されるためだ。計算による絞り込みが実際に大規模に機能した実例。 https://www.nature.com/articles/s41586-023-06735-9

  5. J. Riebesell ら, “Matbench Discovery — A framework to evaluate machine learning crystal stability predictions,” arXiv:2308.14920。同フレームワークが継続的に更新・公開しているリーダーボードの2026年8月2日時点(掲載42モデル)では、総合スコア(CPS)上位のモデルは適合率でも0.92前後に達する(TECE-OAM-RRA-1.0 0.928、EquFlashV2 0.928、EquiformerV3+DeNS-OAM 0.928)。表の順位は CPS 順であって適合率順ではない——適合率だけで見た最上位は PET-OAM-XL の 0.929 である。テストセットは同サイト既定の Unique Prototypes(もう一方の Full Test Set では値が変わる)。一方、本文で引いたCHGNetは登録日が 2023-03-03 のままで以後の再提出がなく 0.514、42モデル中41位——「安定」と予測した候補の半分近くが、DFTでは安定でない誤検出だった。誤検出のリスクは残るが、その大きさはモデル世代によって大きく違う。 https://matbench-discovery.materialsproject.org/ 2

  6. “Correcting DFT formation energies towards experimental accuracy using foundational MLIPs and latent-feature delta-learning,” arXiv:2607.18092 (2026)。GGA(PBE)の生成エネルギーが実験値を系統的に過大評価すること(逐語 systematic overestimation by GGA formation energies、純 PBE で +131 meV/atom、MAE は >170 meV/atom)を示し、その誤差を機械学習で補正する手法を提案。r²SCAN 学習の基盤 MLIP で MAE を more than 40% relative to GGA 削減し、delta-learning でさらに below 50 meV/atomcomparable with the experimental uncertainty itself まで縮めたと報告する。ずれは DFT 一般の性質ではなく汎関数に依存する——同論文は For PBEsol, the bias vanishes entirely (ME = 0 meV/atom) とも書いている。 https://arxiv.org/abs/2607.18092

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