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マテリアルズインフォマティクス・材料

スクリーニングの漏斗——天文学的な候補を数個まで削る

2026/6/21 (更新: 2026/8/15) シリーズ「コンピュータで材料を探す」 第2回 / 全4回

材料探しには、ひとつの壁がある。 ありうる材料は天文学的に多く、全部は作って試せない。でも、宝はどこかにある。

ではどうするか。やることは、宝探しというより「ふるい分け」だ。 膨大な候補を、何段もの“ふるい”にかけて、最後に実際に作る価値のある数個まで削っていく。コツは、ふるいをかける順番にある。

※ 概念図(フロー) 天文学的 → 数千 → 数百 → 数十 → 数個 ① 安いルール・制約でざっくり ② 機械学習で高速に性質を予測 ③ 精密な物理計算(DFT)で確認 ④ 実際に合成して実験 上:安い 速い 下:高い 遅い・正確
上ほど安く速くざっくり、下ほど高く遅く正確。安いふるいで大半を落とし、高いふるいは生き残りだけにかける。

なぜ「安いふるいを先に」なのか

漏斗の各段は、1個あたりのコストが違う。

ポイントは順番だ。安いふるいで大半を落としてから、高いふるいを少数にかける。 もし順番が逆で、いきなり全部を実験したら——何百年あっても終わらない。この作法が実際にどれだけ絞り込むかは、材料探索の実例が示している。ある大規模計算(GNoME)では、機械学習で絞り込んだ末に220万個の構造が「それまでの研究を基準にすれば安定」=当時の凸包より下と判定された。そのうち38万1000個が、更新後の凸包そのものを構成する新規材料——更新後も安定側に残った分——として報告されている。ただしこれはDFT計算による判定だ。同じ論文は、GNoME が得た構造のうち736件が、既存の実験構造データベース(ICSD)に登録済みの構造と一致したとも報告している(=著者らが合成したのではなく、独立になされた実験報告との照合だ)。そのうちプロジェクト開始後の新しい発見にあたるのは184件で、残りは以前から知られていた構造との一致である1。これは「38万件を実験にかけて736件が残った」という漏斗の通過率でもない——残りの候補は、そもそも誰も合成を試みていない。漏斗の下段が実際どれだけ細るかは、標的を絞って合成まで走った実験でしか測れない。

同じ「安い絞り込み→高い確認」の順番は、新薬探し(バーチャルスクリーニング)でも採られている。ある大規模スクリーニングの報告では、化合物をクラスタに分け、各クラスタの代表だけをドッキングして有望なクラスタを選ぶ——という「件数を絞った下見」でライブラリを1/10にしてから、残りを一つずつドッキングにかけ、最後に機械学習で真の当たりを選り分けている2。ここで安いのは計算の粗さではなく、かける件数のほうだ。この漏斗には実数もついている。同じ論文が比較のために先に回した「削らずに全件をドッキングする」手順では、240万化合物が101件まで絞られ、二段目のドッキングと分子動力学計算で44件→19件と細り、最後に残ったのは8件だった。ただしこの8件は計算のうえでの当たりであって、著者ら自身が生化学アッセイでの評価を期待すると書いている——この漏斗は、いちばん下の段をまだ通っていない2

ふるいは「正確さ」と「安さ」を取引している

ここに、この分野のいちばん正直な難しさがある。

安くて速いふるい(②の機械学習)は、ざっくりだから間違える。 間違いには2種類ある。

だから機械学習は、最終結論ではなく“絞り込み役”として使うのが筋だ。安いふるいで候補を減らし、最後は精密計算と実験が確かめる。しかも二つの誤りは効き方が違う——空振り(偽陽性)は高い③④が後で捨ててくれるが、早い安いふるいで見逃した(偽陰性)宝は、二度と下流に現れない。だから早い段では“取りこぼさなさ”(再現率)を優先したくなる。

もっとも、再現率は祈るものではなく、測って設計できる量だ。さきの創薬パイプラインでは、クラスタで1/10に削る段が、下流の分子動力学計算にかけた44件のうち7件を拾い損ねている。ところがその7件は、いずれも後段の計算で落ちる候補だった——原典は「真陽性を一つも失わずにライブラリを10分の1にできた」と書く。クラスタの数そのものも再現率を見て決めており、上位1割のクラスタが拾えた割合はk=50/100/200でおよそ44%・90%・64%、そこで100が選ばれている2。それでも取りこぼしが消えるわけではない。同じ論文の機械学習パイプラインは、全件ドッキングの手順が見つけた8件のうち6件を拾うにとどまっている。

取りこぼし(偽陰性)だけを恐れていればいいわけでもない。Matbench Discovery の論文(Table 1)では、機械学習モデルの一つ CHGNet(v0.3.0)を単独のふるいとして使った場合の適合率は0.51と報告されている3。適合率とは「安定」と判定した候補のうち実際にDFTでも安定だった割合のことだ。ただしこの0.51は、モデルが「安定」と言った候補を全部そのまま下流へ流す場合の値である。同じ論文は、実務ではそうせず予測の安定度で並べて予算の分だけ上から検証する、と書いている——偽陽性は候補列の「安定度が低い側の端」に溜まるので、そこで打ち切れば全体の発見率を損なわずに避けられる。実際、上位1万件だけを検証する想定で測り直すと、同じCHGNetの適合率は0.85に上がる3

∴ 効くのは「どのモデルか」だけではない。どこで打ち切るかが、同じモデルのまま歩留まりを変える——それどころか、どのモデルが最良かの順位まで入れ替わる。同じ論文は、テストセット全体では上位モデルに劣る CHGNet が、検証する件数が少ないうちは EquiformerV2+DeNS や ORB、SevenNet、MACE より高い適合率を出す、と報告している。ただしこれは曲線の初期の話で、1万件まで検証する頃には EquiformerV2+DeNS(0.97)・ORB(0.94)・SevenNet(0.89)が CHGNet(0.85)を追い越している3。順位表の1位は、自分の探索の長さを決めてから読む数字だ。

値がモデルによって大きく違うのも確かで、継続更新されるリーダーボードの首位は、2026年8月時点で全件評価でも適合率0.928に達する3。ただし、そこまで差がつくのは適合率のほうである。同じ論文が並べた汎用ポテンシャル群の再現率はおよそ0.75〜0.86に収まり、適合率のばらつき(およそ0.44〜0.77)よりずっと小さい。適合率のほうも、モデルに固定された性質ではない——GNoME では、機械学習が「安定」と予測した候補のうちDFTでも安定だった割合(論文は hit rate と呼ぶ)が、能動学習を6周する間に構造ベースで6%未満から80%超へ、組成ベースで3%未満から33%超へ上がっている(先行研究では1%だった)1。再現率と適合率のどちらを優先すべきかは、段ごとの1個あたりのコスト比と下流で処理できる件数で決まり、一律には決まらない。

もう一つ、正直に言っておくべきことがある。実験の一つ手前にある③精密計算(DFT)も、絶対的な正解ではない。DFTが弾き出す生成エネルギーは、実験値と比べると系統的なずれを持つ——ただしこれはDFT一般の性質ではなく、どの汎関数を使うかで決まる量だ。あるプレプリントは、経験的な補正を当てない生のGGA(PBE)が実験値を過大評価する側へ偏っており、その偏りは+131 meV/原子、平均絶対誤差は170 meV/原子を超えると報告している4。もっとも、公開データベースが外に出しているのはこの生の値ではない。Materials Project も OQMD も、元素の参照状態を実験に合わせ込む経験的な補正(FERE系)を当てており、偏りのほうはそれでほぼ消える。消えるのは偏りだけで、ばらつきは残る。同じプレプリントがPBEsolについてある分割で示した例では、平均絶対誤差は補正前の166 meV/原子から92〜107 meV/原子までしか下がらない(原典はPBEとPBEsolが「似たように悪い」と書いている)。機械学習による補正まで入れて、ようやく50 meV/原子を下回る——実験の不確かさ自体がおよそ25 meV/原子で、そのあたりが実質的な下限とされる(原典は、この不確かさがデータベースをまたぐと70 meV/原子を超えることもある、とも書いている)4。凸包からの距離が数十meV/原子しか離れていない候補では、このずれが安定・不安定の判定を左右しうる——同じプレプリントは、補正を当てたときに安定・不安定の分類がひっくり返る割合を stability flip rate として測っている。つまり「精密な計算で確認した」は「実験と完全に一致する」を意味しない——漏斗の各段は、下に行くほど正確になるが、計算でいちばん精密な段ですら近似だという留保がつく。


多段スクリーニング(安い近似で絞り、高精度計算・実験で確認する漏斗)は、計算材料科学や創薬のバーチャルスクリーニングで広く使われる考え方。DFT=密度汎関数理論、機械学習原子間ポテンシャルなどの位置づけは、本シリーズおよび姉妹シリーズ『凸包』で扱う一般的な知見に基づく。なお姉妹シリーズ『凸包』は GNoME の 220万→38万 という漏斗の実例を扱う。本稿はその一般形——なぜ安いふるいを先にかけるのか——を見ている。

出典4件
  1. A. Merchant et al., “Scaling deep learning for materials discovery,” Nature 624, 80–85 (2023)。先行研究(Materials Project)を基準にすれば安定な構造を220万個見つけ、うち38万1000件が更新後の凸包そのものを構成する新規材料だと報告した。38万1000は220万の部分集合である——原典の逐語は GNoME models found 2.2 million crystal structures stable with respect to the Materials Project. Of these, 381,000 entries live on the updated convex hull as newly discovered materials で、二段目の絞り込みは新しい発見どうしが安定を競う(逐語 Given that discovered materials compete for stability)ために起こる。ICSDとの一致736件については、著者らが組成の厳密一致を課しているため「likely to yield a lower bound」=下限だと断っており、さらに Methods は「184 of these structures correspond to novel discoveries since the start of the project」と書く——予測が実験に先行したと読めるのはこの184件で、残りは以前から知られていた構造との一致である。本文の hit rate は Methods の逐語「Whereas the hit rate for both structural and compositional frameworks start at less than 6% and 3%, respectively, performance improves steadily through six rounds of active learning. Final ensembles of GNoME models improve to a prediction error of 11 meV atom −1 on relaxed structures and hit rates of greater than 80% and 33%, respectively」による(先行研究の1%は本文の「compared with 1% in previous work」)。本稿が一般形として引く実例(詳細は姉妹シリーズ『凸包』)。 https://www.nature.com/articles/s41586-023-06735-9 2

  2. “A Machine Learning-Enabled Pipeline for Large-Scale Virtual Drug Screening” (2021)。クラスタリングと限定的ドッキングで化合物ライブラリを1/10に絞り、残りを個別ドッキングにかけ、最後にニューラルネットで真陽性/偽陽性を分類する多段パイプラインを報告——材料探索と同型の「安い→高い」順序を創薬で採った一例(慣行の調査ではなく、あるチームのパイプラインの報告)。本文の実数は、比較対象として先に回した全件ドッキングの手順のもので、逐語は「This workflow involved docking 2.4 million compounds and evaluating hits by expensive classical and hybrid quantum/classical MD simulations, leading to 8 true positives」、中間段は101件→44件(二段目ドッキング)→19件(100 nsの分子動力学)→8件(ANI/MM)。8件は計算上の当たりで、原典は「We hope that these compounds will be evaluated by biochemical assays」と書く=実験による確認は行われていない。削る段の再現率は「the 7 ligands that were not recalled by the 10-fold trimmed library were ultimately eliminated by either the 100-ns MD simulations (6 out of 7) or the ANI/MM MD simulations (1 out of 7). So the clustering-based trimming reduced the library size by 10-fold without any loss of true positives」、クラスタ数の選定は「The total recalls were 44.3 ± 4.6, 90.0 ± 2.2, and 64.3 ± 3.1 … for k = 50, 100, 200」(上位10%のクラスタ・101件に対する値)。パイプライン全体の取りこぼしは「machine learning-enable pipeline picked up 6 of these inhibitors」(原文ママ)。 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8478848/ 2 3

  3. J. Riebesell ら, “A framework to evaluate machine learning crystal stability predictions,” Nature Machine Intelligence 7, 836–847 (2025)(オープンアクセス。プレプリントは arXiv:2308.14920)。評価はWBMテストセットに対して行われ、正解は Materials Project の参照構造から作ったDFT計算の凸包(凸包より上、すなわち0 eV/原子超は安定でないと見なす)。本文の値は出所が三つに分かれる——全件評価のCHGNet(v0.3.0)の適合率0.514は論文の Table 1(同じ行の正解率も0.851なので取り違えに注意)、上位1万件だけを検証する想定の0.851は補遺 Table S2(“Stability prediction metrics for the 10k materials predicted to be most stable by each model”)にあり、どちらも査読済みの版に固定された値である。変わりうるのは首位モデルの0.928のほうで、これは継続更新されるリーダーボードの値(2026年8月14日に参照した時点でも0.928)。1万件時点の比較も Table S2 で、CHGNet 0.851 に対し EquiformerV2+DeNS 0.967/ORB MPtrj 0.944/SevenNet 0.895。打ち切りと順位の入れ替わりの逐語は「model predictions will be ranked most-to-least stable and validation stops after some pre-determined compute budget is spent, say, 10k DFT relaxations」「the concentration of false positive predictions that naturally accumulates near the less stable end of the candidate list can be avoided with no harm to the campaign’s overall discovery rate」「CHGNet initially achieves higher precision than models such as EquiformerV2 + DeNS, ORB MPtrj, SevenNet and MACE, which report higher precision across the whole test set」。再現率と適合率のばらつきの差は「they all achieve similar recall values, ranging from approximately 0.75 to 0.86. This is substantially smaller than the variation we see in the precision for the same models ~0.44-0.77」。 https://www.nature.com/articles/s42256-025-01055-1 https://matbench-discovery.materialsproject.org/ 2 3 4

  4. “Correcting DFT formation energies towards experimental accuracy using foundational MLIPs and latent-feature delta-learning,” arXiv:2607.18092 (2026)。MC3D(Materials Cloud三次元結晶データベース)の生成エネルギーを、OQMD・Materials Project および実験の生成エンタルピーと比較した報告。補正前の生のGGAについては「the large MAE (>170 meV/atom) and a significant positive bias (ME ≈130 meV/atom)」、本文の+131は「For PBE, a small residual bias remains (ME = -28 meV/atom), much improved from the +131 meV/atom of pure PBE」による(MAEではなくME=偏りの値)。公開データベースが出しているのは補正済みの値で、逐語は「While the corrected values are those exposed via public interfaces, the empirical corrections are a major source of inter-database differences」、補正の系譜は「Different variations of this approach have been adopted across established databases」(OQMD・MP・AFLOWがそれぞれの流儀でFERE系の補正を当てている)。補正後に残るばらつきは補遺 Fig. S15(PBEsol について。キャプション逐語は「for (a) uncorrected (pure) DFT with PBEsol」、best test split・N=277。本文が PBE で立ち上げた連鎖とは汎関数が違うが、原典は「PBE and PBEsol perform similarly poorly on this subset」と書く)の MAE = 0.166(無補正)→ 0.107(FERE-part)/0.092(FERE-all)→ 0.045(機械学習)eV/原子。r²SCAN級の基盤MLIP(PET-OMATPES)による補正でGGA比の平均絶対誤差を40%以上削減し、さらに潜在特徴のdelta-learningで50 meV/原子未満(実験の不確かさと同程度=逐語「≈25 meV/atom, potentially exceeding 70 meV/atom across databases」)まで下げたとしている。安定・不安定の判定がひっくり返る割合は stability flip rate として測られている。漏斗の「精密な」確認段階も、実験との比較では近似にとどまることを示す。 https://arxiv.org/abs/2607.18092 2

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