マテリアルズインフォマティクス・材料
材料スクリーニングとは:計算で候補を絞る順番と、見逃しの代償
- 材料スクリーニング
- 材料探索
- 計算材料科学
- DFT
- GNoME
- SMACT
- Matbench Discovery
- CHGNet
- Materials Project
- OQMD
- ICSD
- 機械学習
- 再現率
- 適合率
- 偽陰性
- 偽陽性
- 生成エネルギー
- 汎関数
- 電荷中性
- 能動学習
- バーチャルスクリーニング
- ドッキング
- 分子動力学計算
- 創薬
- リーダーボード
- 電気陰性度
- 平均絶対誤差
目次
新しい材料を探すとき、ありうる元素の組み合わせと組成は天文学的に多く、全部を作って試すことはできない。そこで材料スクリーニングでは、候補を何段ものフィルタにかけて、実際に合成する価値のある数個まで削る。
フィルタには、化学の規則で明らかにダメな組み合わせを弾くもの、機械学習で性質を見積もるもの、量子力学に基づく精密な計算で確かめるもの、合成して実験するものがある。下の段ほど1個あたりのコストが高く、判定は正確になる。
本稿は、材料探索の大規模計算の報告、創薬のバーチャルスクリーニングの報告、機械学習モデルの評価の枠組み、計算値を実験へ寄せる補正の研究を例に取る。
天文学的な数の候補を数個まで絞るとき、フィルタはどの順にかけるのがよく、各段の誤りは結果にどう効くのか。
安いフィルタで大半を落としてから、高いフィルタを少数にかける。 安いフィルタは良い候補を捨てる見逃しと、ダメな候補を通す空振りの二通りに間違え、早い段の見逃しは下流で取り戻せない。取りこぼしの割合は測って設計でき、当たりの割合(適合率)は同じモデルでも打ち切る位置で変わる(ある評価では0.51から0.85へ)。計算でいちばん精密な段も実験値とずれる近似で、漏斗の下段がどれだけ細るかは合成まで走った実験でしか測れない。
フィルタの順番で、かかる費用は百倍違う
※ この節の数値は説明のための仮定で、測定値ではありません。
候補が100万件あるとする。安いフィルタは1件あたり0.001の費用で、通すのは1%の1万件。高いフィルタは1件あたり10の費用がかかる。
安いフィルタを先にかけると、費用は 100万×0.001=1000 と、通った1万件に高いフィルタをかける 1万×10=10万 で、合わせて10万1000になる。いきなり100万件すべてを高いフィルタにかけると、100万×10=1000万で、およそ百倍かかる。
ただし、安いフィルタは間違える。100万件の中に本当に良い候補が11件あり、安いフィルタがそのうち1件を「ダメ」と判定したとする。通った1万件に高いフィルタを何度かけても、良い候補は10件までしか見つからない。捨てた1件は二度と戻らない。逆に、通った1万件のうちダメな9990件は、高いフィルタが一つずつ落とすので見つかるが、その分の費用は払うことになる。
この小さな例から言えるのは二つである。
- 安いフィルタを先にかけると、費用の大半は、安いフィルタを通った件数で決まる。
- 安いフィルタの見逃しは後の段では取り戻せず、空振りは後の段で取り除けるが費用がかかる。
なぜ「安いフィルタを先に」なのか
材料スクリーニングの漏斗は、ふつう次の四段で描かれる。上の段ほど安く速くざっくりで、下の段ほど高く遅く正確だ。各段は1個あたりのコストが違い、段ごとに何件残るかは探索によって違う。①を通った後も、候補がなお天文学的に多く残る場合がある(すぐ下の SMACT の例)。実際の絞り込み方は、このあと数字とともに見る。
- ① 安いルール・制約:電気的なつじつま(電荷のバランス)が合わない、相性の悪い元素の組み合わせ……といった「明らかにダメ」を、ほぼタダで弾く。この段は道具にもなっている。SMACT は元素の組み合わせを列挙し、電子価と電荷中性という確立した原理で「化学的に筋が通る」候補だけを残す。開発者らの先行研究によれば、よく現れる酸化状態と組成比(各8以下)まで数えた四元系の候補組成は4兆を超え、電荷中性の条件だけで約15分の1に、電気陰性度の条件を足すと約130分の1(およそ324億)に減る。絞り込んだ後もなお10¹⁰を超える、と著者らは書いている1。それでもこのフィルタは計算が軽く、デスクトップ計算機で素早く掛けられる2。
- ② 機械学習で高速予測:データから学んだモデルが、「この組成・構造はだいたい安定そう/良さそう」を一瞬で見積もる。安いが、ざっくり。
- ③ 精密な物理計算(DFT、密度汎関数理論):量子力学に基づいて、より正確にエネルギーや性質を計算する。正確だが遅いので、②を通った生き残りにだけかける。
- ④ 合成・実験:いちばん高くて遅い。だから、本当に有望な数十個にだけ使い、最後に残るのは数個だ。
ポイントは順番だ。安いフィルタで大半を落としてから、高いフィルタを少数にかける。 もし順番を逆にして、いきなり全部を実験したら、何百年あっても終わらない。材料探索の実例で、この作法がどこまで数で示されているかを見る。ある大規模計算(GNoME)では、機械学習で絞り込んだ末に220万個の構造が「それまでの研究を基準にすれば安定」=当時知られていた物質のどの組み合わせよりもエネルギーが低いと判定された。著者らは、そのうち38万1000個を、新しく見つかったものどうしで比べ直しても最もエネルギーの低い側に残る新規材料として報告している。ただしこれはDFT計算による判定だ。同じ論文は、GNoME が得た構造のうち736件が、既存の実験構造データベース(ICSD)に登録済みの構造と一致したとも報告している(=著者らが合成したのではなく、独立になされた実験報告との照合だ)。そのうちプロジェクト開始後の新しい発見にあたるのは184件で、残りは以前から知られていた構造との一致である3。これは「38万件を実験にかけて736件が残った」という漏斗の通過率でもない。照合は組成の厳密な一致を課しているので736件は下限であり、一致しなかった候補が合成されていないことまでは、この数からは言えない。漏斗の下段が実際どれだけ細るかは、標的を絞って合成まで走った実験でしか測れない。
同じ「安い絞り込み→高い確認」の順番は、新薬探し(バーチャルスクリーニング)でも採られている。ある大規模スクリーニングの報告では、化合物をクラスタに分け、各クラスタの代表だけをドッキングして有望なクラスタを選ぶ。この「件数を絞った下見」でライブラリを1/10にしてから、残りを一つずつドッキングにかけ、最後に機械学習で真の当たりを選り分けている4。ここで安いのは計算の粗さではなく、かける件数のほうだ。この漏斗には実数もついている。同じ論文が比較のために先に回した「削らずに全件をドッキングする」手順では、240万化合物が101件まで絞られ、二段目のドッキングで48件に細った。このうち力場パラメータが得られた44件を分子動力学計算にかけて19件まで落とし、最後に残ったのは8件だった。ただしこの8件は計算のうえでの当たりであって、著者ら自身が生化学アッセイでの評価を期待すると書いている。この漏斗は、いちばん下の段をまだ通っていない4。
フィルタは「正確さ」と「安さ」を取引している
ここに、この分野のいちばん正直な難しさがある。
安くて速いフィルタ(②の機械学習)は、ざっくりだから間違える。 間違いには2種類ある。
- 見逃し(偽陰性):本当は良い候補を、モデルが「ダメ」と誤判定して捨ててしまう。
- 空振り(偽陽性):本当はダメな候補を「良さそう」と通してしまい、高い③④を無駄打ちする。
だから機械学習は、最終結論ではなく“絞り込み役”として使うのが筋だ。安いフィルタで候補を減らし、最後は精密計算と実験が確かめる。しかも二つの誤りは効き方が違う。空振り(偽陽性)は高い③④が後で捨ててくれるが、早い安いフィルタで見逃した(偽陰性)良い候補は、二度と下流に現れない。だから早い段では“取りこぼさなさ”(再現率)を優先したくなる。
もっとも、再現率は祈るものではなく、測って設計できる量だ。さきの創薬パイプラインでは、クラスタで1/10に削る段が、下流の分子動力学計算にかけた44件のうち7件を拾い損ねている。ところがその7件は、いずれも後段の計算で落ちる候補だった。原典は「真陽性を一つも失わずにライブラリを10分の1にできた」と書く。この言明が確かめたのは、分子動力学計算にかけた44件の範囲である。さらにこの1/10は、240万件そのものではなく、特徴量を取り出せた130万件に対する比率だ。残る110万件は特徴量が取れずに脱落しており、全件ドッキングが選んだ101件のうち4件もこちら側にあった。この4件は別の道具(RDKit)で特徴量を計算して戻されており、削り方の評価は101件をそろえたうえで行われている4。
著者らは、クラスタの数そのものも再現率を見て決めている。クラスタの数を選ぶときの再現率は、101件がどのクラスタに入るかを見たうえでクラスタを並べて測っている。上位1割のクラスタが含む割合は、k=50/100/200でおよそ44%・90%・64%である。著者らはそこから100を選んだ4。前向きの探索では使えない並べ方なので、これは上限の目安にあたる。著者らは実際の選抜に限定ドッキングのスコアを使っており、そうして選んだ11クラスタが拾ったのは101件のうち75件(約74%)だった。分子動力学計算にかけた44件に限って数えると37件で、これが上の「7件を拾い損ねた」にあたる4。
それでも取りこぼしが消えるわけではない。削ったライブラリをドッキングした後、ニューラルネットで真の当たりを選り分ける段まで含めると、同じ論文の機械学習パイプラインは、全件ドッキングの手順が見つけた8件のうち6件を拾うにとどまっている。
取りこぼし(偽陰性)だけを恐れていればいいわけでもない。Matbench Discovery の論文(Table 1)は、機械学習モデルの一つ CHGNet(v0.3.0)を単独のフィルタとして使った場合の適合率を0.51と報告している5。適合率とは「安定」と判定した候補のうち実際にDFTでも安定だった割合のことだ。ただしこの0.51は、モデルが「安定」と言った候補を全部そのまま下流へ流す場合の値である。同じ論文は、実務ではそうせず予測の安定度で並べて予算の分だけ上から検証する、と書いている。論文によれば、偽陽性はたいてい安定度が低いと予測された側に多いので、そこで打ち切れば実効的な発見率を損なわずに避けられる。実際、上位1万件だけを検証する想定で測り直すと、同じCHGNetの適合率は0.85に上がる5。
∴ 効くのは「どのモデルか」だけではない。どこで打ち切るかが、同じモデルのまま歩留まりを変える。それどころか、どのモデルが最良かの順位まで入れ替わる。同じ論文は、打ち切らずに全予測を通した評価では上位モデルに劣る CHGNet が、検証する件数が少ないうちは EquiformerV2+DeNS や ORB、SevenNet、MACE より高い適合率を出す、と報告している。ただしこれは曲線の初期の話で、1万件まで検証する頃には EquiformerV2+DeNS(0.97)・ORB(0.94)・SevenNet(0.90)が CHGNet(0.85)を追い越している5。順位表の1位は、自分の探索の長さを決めてから読む数字だ。
値の幅が大きいのも確かで、継続更新されるリーダーボードでは、2026年9月25日に参照した時点の既定の表示で上位に適合率0.92台のモデルが並び、最大は0.929である5。もっともこの上位群は、Table 1 に並ぶモデル群とは訓練データが違う。上位群の訓練データは660万〜1640万構造で、CHGNet は14万6000構造である。0.51と0.929の差を、モデルの設計だけに帰することはできない5。
ただし、値がここまで散らばるのは適合率のほうである。同じ論文が並べた汎用ポテンシャル群の再現率はおよそ0.75〜0.86に収まり、適合率のばらつき(およそ0.44〜0.77)よりずっと小さい。原典の同じ段落は続けて、予測の重なりも見ている。モデル群が揃って正しく判定した部分の適合率は0.57にとどまり、全モデルが同時に外す例は0.04しかない。そこから、モデルどうしが意味のある形で違う予測をしている、と結論している5。
適合率のほうも、モデルに固定された性質ではない。GNoME では、機械学習が「安定」と予測した候補のうちDFTでも安定だった割合(論文は hit rate と呼ぶ)が、能動学習を6周する間に構造ベースで6%未満から80%超へ、組成ベースで3%未満から33%超へ上がっている(組成ベースの値は、原典では「100試行あたり」と単位が付いている。先行研究では1%だった)3。再現率と適合率のどちらを優先すべきかは、段ごとの1個あたりのコスト比と下流で処理できる件数で決まり、一律には決まらない。
実験の一つ手前にある③精密計算(DFT)も、絶対的な正解ではない。DFTで計算した生成エネルギーは、実験値と比べると系統的なずれを持つ。ただし、このずれの大きさは一律ではなく、どの段の汎関数を使うかと、元素の参照状態をどう扱うかで変わる。あるプレプリントは、経験的な補正を当てない生のGGA(PBE)が実験値を過大評価する側へ偏っており、その偏りは+131 meV/原子、平均絶対誤差は158 meV/原子だと報告している(PBEsolでは172 meV/原子。原典によれば、この差は汎関数ではなく元素の参照状態の違いによるもので、揃えれば二つはほぼ同じになる)6。GGAより上の段の汎関数を基準にすると差が出る。同じプレプリントの別の比較では、r²SCAN のデータで訓練した機械学習原子間ポテンシャルで求めた生成エネルギーは、補正前の平均絶対誤差が85 meV/原子で、同じ比較のPBEsol(178 meV/原子)の半分以下だった6。
もっとも、公開データベースが外に出しているのは生のGGAの値ではない。Materials Project も OQMD も、元素の参照状態を実験に合わせ込む経験的な補正(FERE系)を当てており、偏りのほうはそれでほぼ消える。消えるのは偏りだけで、ばらつきは残る。同じプレプリントがPBEsolについて、機械学習補正の誤差が最も小さくなる分割で示したところでも、平均絶対誤差は補正前の166 meV/原子から92〜107 meV/原子までしか下がらない。機械学習による補正まで入れると、30通りの分割の平均で52 meV/原子まで下がる。50 meV/原子を下回るのは、さきの最も有利な分割(45 meV/原子)での値である。原典はこの50 meV/原子前後を、実験の不確かさ(およそ25 meV/原子。データベースをまたぐと70 meV/原子を超えることもある)に匹敵する、よく知られた下限だと書いている6。
安定の境目(最もエネルギーの低い組み合わせ)から数十meV/原子しか離れていない候補では、このずれが安定・不安定の判定を左右しうる。同じプレプリントは、補正を当てたときに安定・不安定の分類がひっくり返る割合を stability flip rate として測っている。機械学習補正の場合、その反転率は閾値を5 meV/原子に絞り正則化を最小にすると15%を超えることがあるが、正則化を強めれば10%や5%を下回る。理論研究が通常使う25〜100 meV/原子の窓では3〜4%に収束し、原典はこの残りを、補正の副作用ではなく本当に必要な分類のし直しだと読んでいる6。つまり「精密な計算で確認した」は「実験と完全に一致する」を意味しない。漏斗の各段は、下に行くほど正確になるが、計算でいちばん精密な段ですら近似だという留保がつく。
多段スクリーニング(安い近似で絞り、高精度計算・実験で確認する漏斗)は、計算材料科学や創薬のバーチャルスクリーニングで広く使われる考え方。DFT=密度汎関数理論、機械学習原子間ポテンシャルなどの位置づけは、計算材料科学の一般的な知見に基づく。GNoME の 220万と38万は、機械学習で絞った後に DFT で安定と判定された数で、その実例にあたる。本稿はその一般形として、なぜ安いフィルタを先にかけるのかを見ている。
出典6件
-
Davies, D. W. ほか「Computational Screening of All Stoichiometric Inorganic Materials」Chem 1, 617–627, 2016. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5074417/ — 四元系の候補組成は約4.1兆、電荷中性と電気陰性度で約324億(Table 1)。 ↩
-
Davies, D. W. ほか「SMACT: Semiconducting Materials by Analogy and Chemical Theory」Journal of Open Source Software 4(38), 1361, 2019. https://www.theoj.org/joss-papers/joss.01361/10.21105.joss.01361.pdf — 電子価と電荷中性で元素の組み合わせを選り分ける軽いライブラリ。 ↩
-
Merchant, A. ほか「Scaling deep learning for materials discovery」Nature 624, 80–85, 2023. https://www.nature.com/articles/s41586-023-06735-9 — 220万個のうち38万1000個が新規材料。ICSD 一致736件は下限で新発見184件。hit rate は構造80%超・組成33%超。 ↩ ↩2
-
「A Machine Learning-Enabled Pipeline for Large-Scale Virtual Drug Screening」2021. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8478848/ — 全件ドッキングは240万→101→48→44→19→8件で、アッセイは未実施。1/10に削る段は130万件が対象で、拾い損ねた7件は後段で落ちた。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5
-
Riebesell, J. ほか「A framework to evaluate machine learning crystal stability predictions」Nature Machine Intelligence, 2025. https://www.nature.com/articles/s42256-025-01055-1 https://matbench-discovery.materialsproject.org/ https://arxiv.org/pdf/2308.14920v3 — CHGNet の適合率は全件0.51・上位1万件0.85(v3補遺)。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6
-
「Correcting DFT formation energies towards experimental accuracy using foundational MLIPs and latent-feature delta-learning」arXiv, 2026. https://arxiv.org/abs/2607.18092 — 補正前後の誤差と、安定判定の反転率を測る。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
この記事はAIを使用して執筆されました。内容には誤りが含まれる可能性があります。事実や数字の出典は脚注から確かめられます。