マテリアルズインフォマティクス・材料
AIによる材料発見——ふるいには効くが発見者にはまだ早い
機械学習は、材料探しの「安いふるい」として候補を絞るのに効く。 では、その実力はどこまでか。近年の華々しい見出しを、冷静に検証してみよう。
ここ数年、「AIが材料を発見した」というニュースが立て続けに出た。そのたびに、専門家が中身を見にいき——多くが「実は新しくなかった」ことが分かってきた。これは、AIが材料探しで効く場所と盛りすぎる場所を、はっきり教えてくれる。
まず、言葉を分ける——「安定」≠「作れる」≠「役立つ」≠「新しい」
つまずきの根っこは、4つの別々のことを、つい一緒くたにしてしまうことだ。
「計算で安定そう(①)」は、ただの出発点だ。そこから「実際に作れる(②)」「役立つ性質を持つ(③)」「既知でなく本当に新しい(④)」までには、何段もの関門がある。この関門の連なりは、候補を安いふるいから順に絞り込む漏斗——安いふるいを先に、高いふるいを後に——そのものだ。 ところが見出しは、①の数を「新材料の数」として語ってしまう。この“すり替え”が、近年の3つの出来事すべての火種になった。
3つの実例——華々しい発表と、その後の検証
① グーグルDeepMindの「GNoME」(2023年) 深層学習で、それまでの基準(Materials Project)に照らしてすでに凸包より下だと判定された構造を220万個見つけたと発表。新しい発見どうしも安定を競うので凸包は引き直され、その更新後の凸包の上に残る新規材料は約38万である。計算で安定とされていた材料は約4万8千から42万1千へ、ほぼ一桁拡大したという1。 ——だが2024年、専門家(Cheetham & Seshadri)がChemistry of Materials誌で反論した。彼らの結論は「新規性・確からしさ・有用性を同時に満たす化合物の証拠は乏しい」で、繰り返し挙げられるのは二点だ。ひとつは既知構造との実質的な同一性——同じ構造型を対称性だけ下げて別のものとして登録している例。もうひとつは、実際には乱れているはずの金属イオンを整然と並べた構造がデータベース全体を通じて繰り返し現れることだ(0Kの密度汎関数計算はエントロピーを数えないので、秩序のある解を選んでしまう)。彼らが38万4870件から無作為に抜き出した10件は、10件とも ICSD に既知の構造として見つかった。そのうえで、どれにも機能が示されていない以上「材料(material)」とは呼べず、正しくは結晶性無機化合物の提案リストだ、というのが彼らの立場である——これは冒頭に挙げた関門③そのものだ。ただし同じ論考は、手法そのものは健全だとも書く。新しい組成の多くは既知材料の些細な焼き直しだが、計算手法は全体として妥当な組成を出しており、その基盤は健全だという確信を与える、と2。
② バークレーの「A-Lab」(2023年) AIとロボットの自律実験室が、17日で58の標的のうち41の新化合物を合成した、とNatureに発表3。 ——直後から、ロバート・パルグレイブらが「X線データの解析が甘く、多くは既知の物質の取り違え」と公開で指摘。彼らが論文で出した結論は「この研究で新材料はひとつも発見されていない」だった。正しく合成されたと認められるのは3件だけで、それなら成功率は58標的中の3件——5%になる。その内訳として、約3分の2は予測された規則構造ではなく既知の乱れた相だった可能性が高い、というのが彼らの読みだ4。 最終的にNatureは訂正(Author Correction)を出した(2026年1月オンライン)。論文タイトルから「新規(novel)」の語を削り、訓練データに紛れていた1化合物(Zn₂Cr₃FeO₈)を除外した——これで標的は58→57、報告された成功も41→40件になる。そのうえで訂正後の記載は「57標的のうち36化合物」である。40件のうち36件は判定が正しく、残る4件はX線回折だけでは判定不能、というのが著者らの再解析の結論だ。ここで言う「新規」も「科学的に新しい」ではなく「予測プラットフォームにとって新しい」の意味だった、と著者自身が認めている。撤回ではなく訂正で、議論は今も完全には決着していない4。
③ マイクロソフトの「MatterGen」(2025年) 既存候補を“ふるう”のではなく、新しい結晶を生成する拡散モデル。実証として設計・合成された化合物 TaCr₂O₆ が話題になった。ただしMatterGen論文自身が、実際に作れたのは4候補のうち1つで、しかも出てきたのは予測した規則構造そのものではなくその組成が乱れた版だと書いている5。 ——だが2026年、Mikkel Juelsholt がMaterials Horizons誌(査読付き)で指摘した。合成された乱れた相 Ta₁/₃Cr₂/₃O₂ は、1971年に報告済みの Ta₁/₂Cr₁/₂O₂ と——c軸まわりに90°回せば——同一構造である。しかもその ICSD 登録(collection code 9516)は、MatterGen の参照データセットに entry 956681 として入っていた。つまり「新発見」ではなく訓練データの言い換えだ、というのだ6。
公平に——では、AIは役立たずなのか?
いや、それは違う。
機械学習は、既知の化学の“内側”で、性質を高速に見積もって候補を絞ること(=スクリーニングの“安いふるい”の段)には、実際に強い。GNoMEの予測のうち736件は実験構造データベース(ICSD)の登録構造と一致したと報告されている。ただし論文自身が Methods で、そのうちプロジェクト開始後に新たに報告された物質に対応するのは184件だと書いている——残りは以前から知られていた物質との一致だ1。それでもスクリーニングの加速そのものは本物だが、この736という数字を「発見」の証拠として読むことはできない。
問題は、その強みが「内挿(interpolation)」——学んだデータの周辺をなめらかに埋めること——に偏っていることだ。 一方で見出しが期待させるのは「外挿(extrapolation)」——誰も見たことのない、本当に新しい化学へ大きく踏み出すことだ。ここでのAIの弱さは「まったくできない」という単純な話ではない。一般には、訓練データから遠ざかるほど予測の確からしさは落ちるとされる。だから“新発見”ほど当たり外れが大きくなる。ただしGNoME論文自身は、規模を上げると訓練で見ていない元素数の領域へ一般化する能力が現れる(emergent out-of-distribution generalization)と主張しており、ここは決着していない1。上で見たGNoMEやA-Labの“発見”が検証の段で次々に既知物質へと差し戻された主因として批判側が挙げるのは、内挿か外挿かではない。性質の似た元素が同じ結晶サイトを共有する「乱れ」を予測が扱えず、既知の乱れた相を新しい規則構造と取り違えたこと、そしてX線回折の自動解析が同定に耐えなかったことだ(内挿/外挿という整理は本稿のもので、批判側の診断ではない)。外挿の弱さと合わせて、“新発見”を名乗るにはなお検証が要るということだ。
批判の側は、その処方まで書いている。Juelsholt は、MatterGen が自分の訓練データと自分の予測を区別できない以上、新規性を担保するには予測1件ごとに人が確かめるしかなく、それが売りだったはずの高速な予測を妨げる、と述べる。そのうえで彼は、これを1つのモデル固有の欠陥ではなく、結晶学と原子の乱れという概念に生成AIツールが総じてつまずいている例として位置づけた6。
要するに——AIは、材料探しの速い“ふるい”としては本物だ。だが「発見者」と呼ぶには早い。「計算で安定」と「作って役立つ新材料」の間には、まだ人間の合成と検証が要る、深い谷がある。
出典6件
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GNoME(Google DeepMind), A. Merchant, E. D. Cubuk ら「Scaling deep learning for materials discovery」, Nature(2023年11月)。先行研究(Materials Project)を基準にすれば安定な構造が220万個、うち38万1000件が更新後の凸包の上に残る新規材料——原典の逐語は
Of these, 381,000 entries live on the updated convex hull as newly discovered materialsで、38万1000は220万の部分集合である。ICSD の実験構造と一致したのは736件で、原典は要旨でこれを736 have already been independently experimentally realizedと書く。ただしこの「独立に」はGNoMEと無関係な他者の実験でという意味であって、予測が実験に先行したという意味ではない——著者らの Methods は184 of these structures correspond to novel discoveries since the start of the projectと書いており、予測が実験に先行したと読めるのはこの184件だ。 https://www.nature.com/articles/s41586-023-06735-9 ↩ ↩2 ↩3 -
GNoME批判:A. K. Cheetham & R. Seshadri「Artificial Intelligence Driving Materials Discovery? Perspective on the Article: Scaling Deep Learning for Materials Discovery」, Chemistry of Materials(ACS, 2024)。「新規性・確からしさ・有用性という三拍子を満たす化合物の証拠は乏しい」(逐語:
scant evidence for compounds that fulfill the trifecta of novelty, credibility, and utility)と結論。繰り返し挙げるのは、既知構造と実質同一で対称性だけが低い登録(These structures are virtually identical, aside from the lower symmetry in the GNoME entry/pseudosymmetry that is present in many of the entries)と、many of the entries are based upon the ordering of metal ions that are unlikely to be ordered in the real worldの二点。無作為抽出(selecting 10 compounds from among the 384,870 database entries)についてはWe were able to identify the structure of every one of the 10 Stable Structure entries in the ICSD database, albeit usually with a space group of higher symmetry than that in the AI database、「材料」という語についてはSince no functionality has been demonstrated for the 384,870 compositions in the Stable Structure database, they cannot yet be regarded as materials。一方でthe computational approach delivers credible overall compositions, which gives us confidence that the underlying approach is soundとも書いており、手法そのものを否定してはいない。 https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.chemmater.4c00643 ↩ -
A-Lab(バークレー):N. J. Szymanski ら「An autonomous laboratory for the accelerated synthesis of novel materials」, Nature 624, 86–91(2023年11月)。当初「17日・58標的のうち41新化合物」。この表題は原版のもので、2026年の訂正で “novel” が “inorganic” に改められた。このURLが現在返すのは訂正後の版であり、表題は
An autonomous laboratory for the accelerated synthesis of inorganic materials、要旨はrealized 36 compounds from a set of 57 targetsになっている。 https://www.nature.com/articles/s41586-023-06734-w ↩ -
A-Lab批判と訂正:(批判) J. Leeman, Y. Liu, J. Stiles, S. B. Lee, P. Bhatt, L. M. Schoop, R. G. Palgrave「Challenges in High-Throughput Inorganic Materials Prediction and Autonomous Synthesis」, PRX Energy 3, 011002(2024)。結論は
These errors unfortunately lead to the conclusion that no new materials have been discovered in that work(要旨)/we believe that at time of publication, none of the materials produced by A-lab were new(序論)。成功率についてはwe could agree that three materials were correctly synthesized … In this case, the success rate would be 3/58, or 5%、内訳はtwo thirds of the claimed successful materials in Szymanski et al. are likely to be known compositionally disordered versions of the predicted ordered compounds。 https://link.aps.org/doi/10.1103/PRXEnergy.3.011002 / (訂正) Nature の Author Correction(タイトルから novel を削除、2026年2月号 650:E1、s41586-025-09992-y):訓練データ混入の Zn₂Cr₃FeO₈ を除外、報告40成功のうち36が正しく4件はXRDのみでは判定不能、「新規」は予測プラットフォームにとっての新規の意。撤回ではなく訂正。 https://www.nature.com/articles/s41586-025-09992-y ↩ ↩2 -
MatterGen(Microsoft Research):「A generative model for inorganic materials design」, Nature(2025年1月)。Materials Project と Alexandria から再計算した607,683の安定構造(20原子以下)で訓練した拡散モデル。既知の実在物質ではなく計算上の安定構造である点に注意(Alexandria は計算生成のデータベース)。実証では75候補から4件を選んで合成を試み、
Synthesis was successful for one of the four candidates。できたものを著者らはthe synthesized material is TaCr2O6, a compositionally disordered version of the ordered structure predicted by MatterGenと記述している。 https://www.nature.com/articles/s41586-025-08628-5 ↩ -
MatterGen批判:Mikkel Juelsholt(単著)「Continued challenges in high-throughput materials predictions: MatterGen predicts compounds from the training dataset」, Materials Horizons(RSC, 2026, 査読付き)。要旨は
MatterGen was used to predict the novel compound TaCr2O6, which was subsequently synthesised in a disordered form as Ta1/3Cr2/3O2. However, … this is not a novel compound but is identical to the previously reported Ta1/2Cr1/2O2, first described in 1971。同一性はupon a 90° rotation around the crystallographic c-axis, the two structures become identicalとして示され、訓練データ混入はICSD collection code 9516 is listed in the reference data set used by MatterGen as entry 956681と同定子つきで裏づけられている。著者の総括はMatterGen cannot distinguish between its training data and the compounds it predicts. Therefore, human inspection of each predicted compound is needed to ensure novelty, which hinders the rapid materials prediction offered by MatterGen、およびMatterGen joins other generative AI tools that struggle with key materials science concepts such as crystallography and atomic disorder。 https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2026/mh/d6mh00268d ↩ ↩2
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