シミュレーション・制御・実機
NOAAが物理とAIのハイブリッド気象アンサンブルを実運用化
米NOAA(海洋大気庁)が、AIベースの全球気象モデル一式を実運用に入れたと発表した(2025年12月)1。話題になりやすいのは「AI版のアンサンブルが従来の約9%の計算資源で動く」ことだが、設計として面白いのはその先だ——彼らは物理モデルをAIで置き換えなかった。物理とAIを足し合わせて一つの大きな集団にしたハイブリッドが、どちらか単独より良かったという。
何が入ったか
投入されたのは三つのシステムだ1。
- AIGFS(AI版の全球予報)
- AIGEFS(AI版のアンサンブル予報。計算資源は従来型 GEFS の約9%)
- HGEFS(ハイブリッド版。物理の GEFS と AI の AIGEFS を混ぜた62メンバーの「グランド・アンサンブル」)
いずれも数年がかりの Project EAGLE(Experimental AI Global and Limited-area Ensemble)の成果である1。研究プロジェクトの名前には Experimental が入るが、投入された三つ自体は評価期間を経て2025年12月17日に現業化されたと NWS は告示しており2、NOAA の対外リリースも同じ12月17日付である1。
なぜ「混ぜる」のか
鍵は、アンサンブル予報が何をしている道具かにある。単一の予報を出すのではなく、初期条件やモデルを少しずつ変えた多数の予報を束ね、起こりうる結果の幅=不確実性を張るのがアンサンブルの仕事だ。
ここで効くのが「独立した二つの作り方」である。物理ベースと AI ベースは、間違え方の癖が違う。だから両者を一つの集団にまとめれば、片方だけのときより予報のばらつき(不確実性)を頑健に表せるはずだ——NOAA はこの狙いで、31メンバーの物理 GEFS と 31メンバーの AI AIGEFS を合わせた62メンバーの HGEFS を作った、と説明する1。そして初期評価では、この HGEFS がAIのみ・物理のみの両方のアンサンブルを上回ったとされる1。速く安く回せる AI を、既存の物理モデルを捨てる理由にではなく、集団を厚くする材料に使った、という順序だ。
NOAA だけの話ではない
ハイブリッド化に向かう動き自体は、複数の現業センターで独立に進んでいる。ただし混ぜ方は同じではない。欧州の ECMWF は 2025年7月1日、AI アンサンブル予報 AIFS ENS(51メンバー)を実運用に入れた。ただしその初期条件は物理ベースのデータ同化に依存しており、純 AI ではなく物理と組み合わせた構成だ。混ぜる理由も、リリースは名指しで書いている——AI 側は現時点では解像度が31kmで、物理ベースのアンサンブル(9km)より粗く、高解像度の場や、結合系の地球システム過程には物理側が「不可欠のまま」だ。だからこそ「両手法の強みを生かすハイブリッド構成を探っている」のだという3。動機に置かれているのは速さや安さではなく、片方だけでは埋まらない穴のほうである。学術・現業の側でも、物理・AI・ハイブリッドの三系統を同じ土俵で比べる相互比較プロジェクト WP-MIP が走っている。WMO の作業部会が2024年後半に立ち上げたもので、2026年7月時点で42件の予報寄稿と5件の解析データ、計31TBが集まり、第1期の予備結果まで出ている4。ただしそこに登録された現業ハイブリッドは、いずれも物理モデルを AI の解へ spectral nudging する型だ——原典は「現在のハイブリッド化の戦略は spectral nudging に一意に集中している」と書き、該当する3件(ECCC・ECMWF・UKMO)を表に並べている4。HGEFS のようにアンサンブルを丸ごと足し合わせる型ではない。しかも WP-MIP の第1期が比べているのは決定論予報で、アンサンブル同士の相互比較は将来の拡張として名指されている4。そのうえ WP-MIP の参加 AIWP モデルには NOAA 自身が名を連ねており(参照文献は NOAA の office note)、NOAA から独立した証拠としては使えない4。NOAA 自身も「我々の知る限り、この種の物理・AI ハイブリッド・アンサンブルを実装した世界初の機関」と書いている1。∴ HGEFS は「潮流の一例」というより、ハイブリッド化という広い潮流のなかで NOAA が選んだ独自の混ぜ方として読むのが正確だ。
どこまで言えるか——留保つき
これは論文段階の予想ではなく、現業の予報センターが実運用に入れた構成だ。ただし、二点の留保を添える。
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まだ「初期評価」である。 「両方を上回った」は NOAA 自身が initial testing(初期テスト)と断ったうえでの結果で1、長期の実績が積み上がった段階ではない。しかもリリース自体は「大半の主要な検証指標で」とだけ書き、個別の指標は挙げていない。ただし内訳がどこにも無いわけではない——実装告示2が参照する NCEP Office Note 522 が、開発段階の62メンバー・ハイブリッド(SUPER62)について CRPSS・アンサンブル平均RMSE・スプレッド・Brier スコア・ROC 面積を地域別・リードタイム別に載せている。ただしその検証は2024年6月1日〜7月9日の1か月分にとどまり、しかもハリケーン1事例(2024年7月のベリル)の強度予測では、ハイブリッドが現業 GEFSv12 に劣ると報告されている。「上回った」は無条件ではない。
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足し合わせる相手の片方は、ばらつきが過小と報告されている。 リリース自身が AIGEFS の改善課題に「予報の幅を作る能力」を挙げ1、ON522 も MLGEFS のスプレッドがアンサンブル平均RMSEより全領域で小さい=under-dispersive と書く。集団を厚くする狙いそのものについて、片方は弱い側から入っている。
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AI が物理を不要にしたわけではない。 AI 気象モデルは、学習データも予報の初期値も従来の観測・解析パイプラインに依存する。しかも苦手な領域が報告されている。記録破りの高温・低温・強風のような極端事象では、単一の予報を出す決定論型の AI モデル(GraphCast・Pangu-Weather・Fuxi)が物理モデル HRES にほぼ全リードタイムで一貫して負けた、と Zhang・Fischer・Zscheischler・Engelke は報告する5。彼らの見立てでは、AI モデルは物理法則を解くのではなく過去に観測された天候パターンのあいだを補間している——だから予報値には「学習データ中で最も極端な観測値」あたりの見えない上限が生まれ、記録の更新幅が大きいほど誤差がほぼ線形に膨らむ。著者ら自身はこの説明に
likely explains・suggestsと留保を付けている。なお彼らは「学習データに極端事例が乏しいこと」を否定しているわけではない。改善策の筆頭に挙がるのは気候モデルで生成した極端事例による学習データの拡張で、実際に効いた例(熱帯低気圧を含むデータで学習させた FourCastNet)まで引いている5。物理的整合性も、決定論的な設定では課題として残る(小スケール構造のぼやけや非物理的なアーティファクト)6。ただしこれは現時点の手法の限界であって恒久の性質ではなく、著者ら自身が改善経路の一つにハイブリッド化を挙げている5。だからこそ「AIで全部置き換える」ではなく「物理と混ぜる」が選ばれた、と読むのが素直だ。この検証には射程がある。検証されたのは決定論型のモデルであり、確率的な AI アンサンブル(GenCast や ECMWF の AIFS ENS)は対象に入っていない。つまりこの結果を、AIGEFS のような AI アンサンブルにそのまま当てはめることはできない——もっとも著者ら自身は、確率的モデルも学習範囲の外への外挿では同種の困難に直面するだろう、と考察で述べている5。ただし NOAA の AIGFS・AIGEFS は DeepMind の GraphCast をもとに構築されている2——ここで物理に負けた系統そのものだ。「混ぜる」という判断は、その意味では自分たちの足元にも向いている。
留保を踏まえても、含意は明快だ——安く速い手法が出てきたとき、それを「置き換え」に使うか「厚みを足す材料」に使うかは別の判断であり、少なくとも NOAA は後者を選び、初期評価の範囲では成果が出ている。
出典6件
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NOAA, “NOAA deploys new generation of AI-driven global weather models”(2025-12-17。2026-02-17 にハリケーン予報のQ&Aを追記した旨の更新表示あり)。AIGFS/AIGEFS/HGEFS、AIGEFS は従来型 GEFS の約9%の計算資源、HGEFS は物理31+AI31 の計62メンバーで AIのみ・物理のみの両アンサンブルを上回った(初期評価)、は本リリースの記述による。Project EAGLE の正式名 Experimental AI Global and Limited-area Ensemble forecast system はリリースには無く、NOAA EPIC の EAGLE 解説ページによる(https://www.epic.noaa.gov/ai/eagle-overview/)。https://www.noaa.gov/news-release/noaa-deploys-new-generation-of-ai-driven-global-weather-models ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7 ↩8 ↩9
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NOAA/NWS, “Service Change Notice 25-89: Implementation of the Artificial Intelligence Global Forecast System (AIGFS), Artificial Intelligence Global Ensemble Forecast System (AIGEFS), and the Hybrid Global Ensemble Forecast System (HGEFS)“(NCEP Central Operations、2025年12月9日発表)。実装の一次文書。「The models are based on Google DeepMind’s GraphCast model」「AIGEFS runs with 31 members to provide ensemble forecasts」「This 62-member ensemble is composed of 31 members from each of the two systems」と明記し、2025年12月9日からの評価期間を経て「At the completion of the successful evaluation period on December 17, 2025, the models will become operational」と告示する。https://www.weather.gov/media/notification/pdf_2025/scn25-89_AIGFS_AIGEFS_and_HGEFS.pdf ↩ ↩2 ↩3
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ECMWF, “ECMWF’s ensemble AI forecasts become operational”(2025年7月1日)。AI アンサンブル AIFS ENS(リリースの表記はハイフン無し。51メンバー)を実運用化。初期条件が物理ベースのデータ同化に依存することは
The AIFS ENS relies on physics-based data assimilation to generate the initial conditions.による。ハイブリッドを探る理由はそこではなく解像度の非対称に置かれていて、逐語はAt the moment, it works at a lower resolution (31 km) than the physics-based ensemble system (9 km), which remains indispensable for high-resolution fields and coupled Earth-system processes. ECMWF is therefore also exploring hybrid systems that leverage the strengths of both approaches.——thereforeが指すのは直前の「物理側は高解像度の場と結合過程には不可欠のまま」であり、データ同化への依存を述べた文は別の段落にある。独立した現業センターも「置き換え」でなく「混ぜる」へ動いている側。https://www.ecmwf.int/en/about/media-centre/news/2025/ecmwfs-ensemble-ai-forecasts-become-operational ↩ -
R. McTaggart-Cowan ほか多数の共著, “WP-MIP: An Artificial Intelligence, Hybrid, and Physically Based Model Intercomparison Project for Weather Prediction”(arXiv:2604.16643, 2026年4月17日投稿の査読前プレプリント)。物理・AI・ハイブリッドの各予報システムを共通の枠組みと中央データベースで比較し、ベストプラクティスの指針を作ることを目的とした相互比較プロジェクト。提案ではなく稼働中で、逐語は
the Working Group on Numerical Experimentation (WGNE) initiated the Weather Prediction Model Intercomparison Project (WP-MIP) in late 2024、規模はAs of July 2026, the WP-MIP archive contains 42 forecast contributions and 5 analysis datasets totalling 31 TB of data.、Preliminary results are shown in section 3。参加 AIWP モデルの表には NOAA 自身が含まれる(参照はTabas et al. (2025)= NOAA NCEP Office Note 521)。https://arxiv.org/abs/2604.16643(本稿が依拠する逐語:current hybridization strategies focus uniquely on spectral nudging to AIWP guidance、表の該当行Spectral nudging of the ECMWF physical model、射程についてはglobal deterministic10日予報が対象で、アンサンブル同士の比較はfuture ensemble-based intercomparison workと将来の拡張に置かれている) ↩ ↩2 ↩3 ↩4 -
Zhongwei Zhang, Erich Fischer, Jakob Zscheischler & Sebastian Engelke, “Physics-based models outperform AI weather forecasts of record-breaking extremes”(Science Advances, 2026, doi:10.1126/sciadv.aec1433。プレプリントは arXiv:2508.15724「Numerical models outperform…」として2025年8月21日公開、査読掲載時に改題)。著者らは、記録破りの高温・低温・強風で、決定論型の AI モデル(GraphCast・Pangu-Weather・Fuxi、および GraphCast・Pangu-Weather の運用版)の予報誤差が物理モデル HRES よりほぼ全リードタイムで一貫して大きく、AI は極端事象の頻度も強度も過小評価しがち(高温記録は過小・低温記録は過大予測、超過が大きいほど誤差が拡大)と報告する。原因を学習領域の外へ外挿できないことに帰し(討議部の逐語は「they struggle when forecasting unprecedented events outside the training domain」、要旨では「the current limitations of AI weather models in extrapolating beyond their training domain」)、改善経路として気候モデル由来の極端事例によるデータ拡張・極値統計に基づく損失・ハイブリッド化を挙げる。ただしここでのハイブリッドは、物理モデルのパラメタリゼーションをAI部品で置き換える型(NeuralGCM を例示)であって、本稿が扱う「二つのアンサンブルを足し合わせる」型とは別物である。著者らが確率的モデルとして引用番号で挙げるのは GenCast と AIFS-CRPS(ECMWF が AIFS ENS として運用化したモデル)で、いずれも検証対象外だが、著者らは考察で「確率的モデルも、学習分布の外にある記録破りの事象を予報するときには同種の外挿の困難に直面するだろう」と述べている。純 AI の実力に留保をかける側。https://arxiv.org/abs/2508.15724 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
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T. Dunstan ほか, “FastNet: Improving the physical consistency of machine-learning weather prediction models through loss function design”(arXiv:2509.17601, 2025年9月22日公開)。機械学習気象予測(MLWP)の出力は、特に決定論的な設定で物理的整合性の確保が課題として残ると指摘し、小スケール構造のぼやけ(スペクトルバイアス)や非物理的なアーティファクトを損失関数の設計で抑えようとする。AI 単独の物理的信頼性に留保をかける側。https://arxiv.org/abs/2509.17601 ↩
この記事はAIが執筆しています。内容には誤りが含まれる可能性があります。ご注意ください。