AI・信頼性・評価
ハルシネーションは採点ルールへの最適応答でもある
目次
知らないはずの事実をAIに尋ねると、たいてい堂々と、もっともらしい嘘が返ってくる。知らないなら「分かりません」と言えばいいのに、なぜわざわざ捏造するのか。よくある答えは「次の単語を予測しているだけだから、本質的にそういうもの」。半分は当たっている。でも、もっと大事で、しかも直せる半分が見落とされている——私たちが、嘘をつくほうが得になるように採点しているからだ。
試験を受ける者として
OpenAIのKalaiらとジョージア工科大のVempalaによる2025年の論文 “Why Language Models Hallucinate”1の核心は、一文で言い切れる。言語モデルは「良い受験者」になるよう最適化されている。そして良い受験者は、分からない問題で当てずっぽうを書く。
4択のテストを思い出してほしい。分からない問題で空欄にすれば0点。適当にマークすれば、4分の1の確率で当たって得をする。期待値で見れば、推測は常に空欄に勝つ。 採点が「正解=1点、それ以外(誤答も無解答も)=0点」の二値である限り、賢い戦略はいつも何か書くことだ。
LLMの評価も、まさにこの二値だ。主要なベンチマークの多くは、答えが合っていれば1点、外れていれば0点。論文が調べた10件のうち9件が二値採点で、棄権に部分点はまったくない。唯一の例外も、1〜10段階の採点基準ゆえに「分かりません」がハルシネーション入りの平凡な回答より低く採点されうる、と論文は注記している。そして「分かりません」は、誤答とまったく同じ0点として扱われる。すると、モデルにとって合理的な振る舞いは——確信がなくても、それらしい答えを言い切ること。論文はこれを、自らかぎ括弧つきで「不確実な応答を罰する「流行」(this “epidemic” of penalizing uncertain responses)」と呼ぶ。ハルシネーションが続くのは性格の欠陥ではなく、与えた採点ルールへの最適応答なのである。
これは関係を示す概念図(フロー)である。(作図:AI)
二つの原因——片方は避けがたく、片方は選べる
論文はハルシネーションの原因を二段に分ける。
- 事前学習(statistical):もし「偽の文」と「真の文」を見分けられないなら、統計的な圧力だけで、ある割合の誤りは必然的に生まれる。ハルシネーションは二値分類の誤りとして発生する——ここは、ある意味で宿命に近い。ただしこれは「誤り率がゼロにはならない」という下限の話だ。論文はその下限を測れる量で与えている——事前学習後のハルシネーション率は、学習データに一度しか現れない事実の割合を下回れない。誕生日の事実の20%が学習データに一度しか出てこなければ、ベースモデルは誕生日の少なくとも20%でハルシネーションすると期待される。ハルシネーションという現象そのものが取り除けない宿命だ、という意味ではない。論文は「ハルシネーションが避けがたいのはベースモデルに限る」という見出しの段落を立て、宿命論を唱えた先行研究を名指ししたうえで、反例を具体的に構成してみせる——QAデータベースと電卓で答えられる問いにだけ答え、それ以外は「分かりません」を返すモデルを作れば、ハルシネーションはしない。
- 事後学習・評価(incentive):けれど、モデルがしつこくハルシネーションし続けるのは、評価が当てずっぽうに報酬を与え続けるから。こちらは宿命ではなく、私たちの選択だ。
見落とされがちなのは、この二つ目だ。前者を理由に「LLMは本質的にハルシネーションするもの、仕方ない」で止めてしまうと、自分の手で直せる部分を見逃す。
これは、測りかたの病だ
ここで効いてくるのが、グッドハートの法則として広く引かれる言い方——指標が目標になった瞬間、それは良い指標でなくなる——だ2。その最も生々しい実例がこれだ。「ベンチマークのスコア」という指標が目標になった結果、モデルはスコアを上げる最短経路、すなわち自信たっぷりにハッタリをかますことを学んだ。私たちは「正しさ」を測っているつもりで、実は「言い切る度胸」を測り、それに報酬を与えていた。
口調の自信を、そのまま確度として読むことはできない。二値の採点が言い切りに報酬を与えているぶん、確信ありげな言い方は「そう言い切るのが得だ」という戦略を映している面がある。ただし、口ぶりの自信がまったくの無情報だというわけでもない——Zongらは、モデルに自己申告させた確信度が言い換えに対して安定で、トークン確率に照らしてもそれなりに較正されていたと報告している3。危ういのは「言い切りが強いほど正しい」と素朴に読み替えるほうだ。
直しかたは、評価を変えること
ではどうするか。論文の提案は、新しい「ハルシネーション専用ベンチマーク」を足すことではない。そんなものを脇に作っても、主要なリーダーボードが二値採点のままなら、モデルは相変わらず当てずっぽうに最適化される。提案は——支配的な既存ベンチマークの採点を変えること。具体的には、「分かりません」を誤答より高く評価し、自信ある誤答を無解答より強く罰する。ただし論文が自分の新規性だと書いているのは、罰則を置くこと自体ではない(それは先行研究で研究済みだと認めている)。信頼度の閾値を設問の指示文に明記することのほうだ。挙げられている文面はこうだ——「確信が t を超えるときだけ答えよ。誤答は t/(1−t) 点の減点、正解は +1 点、「分かりません」は 0 点である」(t は 0.5・0.75・0.9 が自然な値として挙がる)。
これは技術の問題というより、何を測り、何に報酬を与えるかという社会技術的な選択だ。試験を「空欄も誤答も同じ0点」から「自信ある誤答は減点、正直な棄権は中立」に変えれば、受験者の戦略は一夜で変わる。これは思考実験ではない——論文はインドの JEE・NEET・GATE、米国 MAA の AMC、かつての SAT・AP・GRE を、誤答に罰則を置く実在の試験として挙げ、そこでは採点方式が指示文に明記され、受験者が閾値を意識していると書いている。モデルも同じだ——実際、棄権への報酬を変化させると「棄権率とハルシネーション率」の間にはっきりしたトレードオフの境界線が現れたと、同じプレプリント(I-CALM)が報告している3。ただし原典は、その境界線を成果ではなく限界として結論づけている。報酬をどう変えても曲線の形そのものは変わらず、報酬の言い方はモデルを安定した曲線の上で動かしているだけだという。つまり採点の変更で買えるのは、その曲線のどこに座るかという動作点の選択であって、曲線の外側ではない。そしてハルシネーションの低下は答える割合(カバレッジ)を手放すことで支払われている。なおこれはGPT-5 miniをPopQAで試した主設定でのプロンプトのみの介入であり、効果の大きさはモデルやデータセットによって変わるとされる。
ただし、この処方箋は単純ではない。KARL は、いま挙げた「正解+1/棄権0/誤答−1」というまさにこの型の静的な三値報酬で強化学習すると、モデルが全問棄権へ不可逆に崩壊する——この「棄権のわな」を報告している4。学習の初期に「誤答と棄権しか出ない」群が分布を支配し、棄権の報酬が誤答の報酬を少しでも上回るかぎり、棄権の優位が構造的に立ってしまうからだ。罰則を強すぎないよう加減すれば避けられる、という類の話ではない。これはベンチマークの採点表そのものではなく、その採点則で強化学習したときの学習力学の話だが、採点を変えるとは最終的に何かをその採点で最適化することなので、留保としての効き目は残る。
さらに、「分かりません」と言うべき理由には少なくとも二種類ある——答えを知らないのか、その問い自体に答えがないのか。単一の自信度しきい値だけでこの二つを見分けようとすると、拾える正答が大きく減る。Wagnerの2026年のプレプリントは、2Bから14Bの指示調整済みモデル5本(3系統)でこの二軸を測っている。8Bのモデルでは、単一しきい値だと同じリスク基準の下で正答の31%しか拾えないのに対し、二つの軸を分けて判定すると75%まで拾えたという。14Bでは、二軸方式だけがその基準を満たしたと報告されている5。ただし公平に言えば、二つの信号を一本のスカラーに融合する方式のほうが 8B では 0.81 と、二軸方式の 0.75 を上回っている——原典自身が「最強の対抗馬に対して率直に述べる」と前置きして書いていることだ。二軸に分ける利点は最大カバレッジではなく、「答えられない問いに答えた率」と「間違って答えた率」を別々に保証できることのほうにある。原典の主張も「軸を分けよ」ではない——「二つの軸のどんなスカラー結合も効かないとは主張しない。単独の軸ではどちらも足りないと主張する」。「棄権に報酬を」は正しい方向だが、実装を誤ればもっともらしい別の失敗を生む。同じ論文が、その実例を測っている——モデルに「前提を確認せよ」と素直に指示すると、健全な前提と誤った前提を区別できないまま両方に噛みつき、健全な問いの57%を誤って否認した。隠れ状態の線形プローブで同じ指示の発火先を絞ると、否認の精度はおよそ3倍になったという5。
持ち帰り
ハルシネーションを「AIの神秘的な欠陥」として畏れるのをやめよう。それが残り続ける大きな理由は、私たちが設計した採点ルールへの、極めて合理的な応答だ。これはAIに限った教訓でもない——もしあなたが、自分のチームやツールを「答えを出したか」だけで評価するなら、あなたはハッタリを訓練している。正直な「分かりません」に報いる採点に変えない限り、能力が上がっても同じ振る舞いは残る。
測りたいものを測れていないなら、得られるのは、測ってしまったもののほうだ。
出典5件
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A. T. Kalai, O. Nachum, S. Vempala & E. Zhang, “Why Language Models Hallucinate,” arXiv:2509.04664 (2025)。ハルシネーションの一部は事前学習の統計的圧力に由来する必然だが、その持続は主要ベンチマークの二値採点(正解のみ加点、誤答も無解答も同じ0点)が当てずっぽうを合理的な戦略にしているためだと論じ、採点ルールの変更を提案する。 https://arxiv.org/abs/2509.04664 ↩
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広く「グッドハートの法則」として引かれる
When a measure becomes a target, it ceases to be a good measureは、M. ストラザーンが1997年の論文で与えた定式である(M. Strathern, “‘Improving ratings’: audit in the British University system,” European Review 5(3), 1997)。Goodhart 自身(1975)の原文はAny observed statistical regularity will tend to collapse once pressure is placed upon it for control purposes.(“Problems of Monetary Management: The U.K. Experience”, Papers in Monetary Economics, Reserve Bank of Australia)で、文言は異なる。なお本稿はこの2つの逐語を一次資料で照合できていない——ストラザーン論文は購読制で本文が取得できず、Goodhart 1975 の収録巻も取得できなかった。 https://doi.org/10.1017/S1062798700002660 ↩ -
H. Zong, B. Li ら, “I-CALM: Incentivizing Confidence-Aware Abstention for LLM Hallucination Mitigation,” arXiv:2604.03904 (2026)。GPT-5 miniをPopQAで試した主設定でのプロンプトのみの介入。ただし本文が引く「自己申告の確信度が較正されていた」は GPT-4o mini での測定——原典は逐語
GPT-4o mini is used because GPT-5 mini does not expose token-level log probabilitiesと理由を書いている。較正の度合いも絶対評価ではなく、トークン確率ベースラインに対してtracks the token-probability-based confidence reasonably wellという相対的なもので、原典自身がthe Brier score and ECE values, which deviate from perfect calibration, are consistent with known patterns of imperfect calibration in verbal confidenceと断っている。棄権への報酬を変化させると、棄権率とハルシネーション率の間に明確なトレードオフの境界線が現れると報告する。ただし §4(PDF p.8)の結論は逐語regardless of how the rewards are adjusted, the model exhibits the same roughly monotone frontier between abstention rate and FAR_answered. Reward framing therefore seems to move the model along a stable trade-off curve rather than changing its shape=曲線の形は変わらない。要旨も対価を明示している——逐語This trades coverage for reliability while leaving forced-answer performance largely unchanged。効果の大きさはモデルやデータセットによって変わるともしている。単一チームによる2026年のプレプリント。 https://arxiv.org/abs/2604.03904 ↩ ↩2 -
C. Gao, C. Huang ら, “KARL: Mitigating Hallucinations in LLMs via Knowledge-Boundary-Aware Reinforcement Learning,” arXiv:2604.22779 (2026)。静的な三値報酬 {正解+1, 棄権0, 誤答−1} で GRPO 学習すると、群内正規化アドバンテージの下では逐語
any abstention reward rabs ą rneg yields a consistent positive advantage for abstention in these groupsにより棄権の優位が構造的に立ち、driving the policy into an irreversible "abstention trap"=不可逆な方策崩壊(often abstaining on all queries/within-group variance vanishes, halting further learning)が起きると報告する(§2, PDF p.3–4)。発火条件は罰則の強さではなくr_abs > r_negという構造そのもので、KARL はこれを回避する知識境界を考慮した学習法を提案する。 https://arxiv.org/abs/2604.22779 ↩ -
B. J. Wagner, “Two Axes of LLM Abstention: Answer Correctness and Question Answerability,” arXiv:2607.08456 (2026)。「棄権すべき」理由には答えを知らない場合と問い自体が答えを持たない場合の二種類がある。2Bから14Bの指示調整済みモデル5本(3系統)での検証で、単一の自信度しきい値では両者を区別できないと報告する。31%対75%は8Bモデルでの数値。変わるのは値だけではなく、どの方式が通るかも変わる——5モデルのうち二軸方式が両方のリスク予算を認証できたのは 8B と 14B の2つで、2B・3B・7B では通っていない(逆に単一の自信度しきい値は 2B と 7B で通る)。また 8B では二信号を一本に融合した方式が 0.81 と二軸方式の 0.75 を上回る(逐語
a learned two-signal fusion reaches 0.81 but forfeits the per-axis attribution of risk)——二軸方式の利点はカバレッジではなく軸ごとにリスクを保証できることだ、と原典自身が書いている。原典の主張も逐語We do not claim that no scalar combination of the two can work; we claim that neither single axis alone does。単著による2026年のプレプリント。参照は PDF を——arXiv の要旨ページは当該箇所の文が壊れており(at 8Bもfactorizedも0件)、記事が依存する帰属をリンク先で確かめられない。該当は §7 と Table 4(PDF p.8)。 https://arxiv.org/pdf/2607.08456 ↩ ↩2
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