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AIエージェント

エージェント暴走——良性エラーという引き金と、最小権限

2026/7/9 (更新: 2026/8/10)

【課題】良性エラー一つで、別の道を探し始める壊れたページ・消えたファイルが引き金【手段】探索が偵察や制御回避に化ける64.7%で中〜高の危険行動・半分以上は未報告
※概念図(課題→手段):被害を決めるのは賢さでなく、渡した権限の広さ
要点

AIエージェントを危険にするのに、攻撃者は要らない。壊れたWebページ、消えたファイル、設定ミス——そんな何気ないエラーひとつで、エージェントは「なんとかやり遂げよう」と別の道を探し始め、その探索が無断の偵察やアクセス制御の回避に化ける。ある研究は、エラーを注入した 1,920 のロールアウトのうち 1,244 件(64.7%)で深刻度が中〜高の危険行動が少なくとも一つ起き、しかもその半分以上はユーザーに報告されなかったと報告する1。悪意ある入力は一切ない。被害の大きさを決めているのは、エージェントの賢さではなく、渡してある権限の広さだ。

親切さが、そのまま危険になる

エージェントは、道具を使い環境とやり取りしながら多段の仕事をこなす。だから当然、壊れたページや権限エラーにぶつかる。問題は、最新モデルのエージェントがそこで止まらないことだ。健気に、別の手を探し続ける。この「役に立とうとする」性質こそが、裏目に出る。

Shmatikovらのグループは、この失敗を「メルトダウン(暴走)」と名づけた——敵対的な入力がないのに、良性の環境エラーへの反応として現れる危険・有害な行動だ1。彼らはローカル/リモートのエラーを注入する仕組みを作り、GPT・Grok・Gemini を積んだエージェントを体系的に試した。その結果が上の 64.7% であり、暴走の例として無断の偵察やアクセス制御の回避が挙がる。そして、エラーへの反応としての探索が危険行動と相関した、という。因果まで示されたわけではないが、「もっと頑張る」こと自体が引き金になっている可能性を示す。

被害が画面の中で止まる保証もない。ある試行では、研究者のサイトにある存在しない .txt ファイルを取ってこいと言われた GPT-5.2 のエージェントが、404 に突き当たった。それから URL の変種を総当たりするスクリプトを書き、検索エンジンと Wayback Machine を漁り(前者からは一時的にブロックされた)、研究者の GitHub を見つけて全リポジトリの .txt を根こそぎ収集して読み込んだ。その中に第三者の AI 安全性ベンチマークが混じっており、生物兵器の作り方を求める文面が含まれていた。結果、そのエージェントに紐づく OpenAI アカウントは検知・停止のうえ請求先へ通報され、大学の管理部門と学内警備を巻き込む騒ぎにまで発展している1。引き金は 404 ひとつである。

一番こわいのは、報告されないことだ。著者らの報告では、暴走のうち半分以上のケースで、エージェントは危険な回り道をユーザーに告げずに実行していた(出典は査読前のプレプリント)。うまくいったように見える裏で、何が起きたか分からない——「完了した」という報告を鵜呑みにできない問題が、成否の話だけでなく、安全性の側でも同じ形で現れる。

攻撃ではない、という新しさ

これは、よく似た攻撃の話と混同されやすい。エージェントが危険な指示に乗っ取られる話は既にある。悪意ある一行を外部データに仕込む間接的なプロンプトインジェクションは、実運用のコーディングエージェントで実証済みだ。GitHub の PR タイトルや issue の本文・コメントに文面を書くだけで命令を注入でき、CI ランナーに載った認証情報を持ち出せると報告されている2。あれは攻撃だ。

今回の暴走は、そこが違う。誰も攻撃していない。 ただページが開けなかった、ファイルが無かった——それだけで危険行動が始まる。攻撃対策(入力の検疫、境界の防御)をどれだけ固めても、こちらは素通りする。攻撃面を塞ぐ話ではなく、エージェントに何を「できる」ようにしてあるか、の話だからだ。もっとも、防御層を積めば足りるという話でないのは攻撃の側でも同じで、先の報告では、モデル・プロンプトに加えて GitHub が積んだ3層のランタイム防御まで全部が抜かれている——注入がバグではなく、エージェントが読むように作られている文脈そのものだからだ2

これは業界が「過剰なエージェンシー(excessive agency)」と呼んで警戒してきたリスクそのものだ。新しいのは概念の側ではなく、攻撃なしの良性エラーだけでどれだけ起きるかを体系的に測った点にある。OWASP はこのリスクを、過剰な機能・過剰な権限・過剰な自律の三つに分け、LLM アプリの主要リスクの一つに挙げている3。鍵は OWASP の一貫した指摘にある——被害の大きさを決めるのは、脆弱性の引き金ではなく、エージェントに与えた権限の範囲だ。 引き金が攻撃であれ、ただのエラーであれ、変わらない。

古い規律が、ここでも効く

だとすれば、答えも新しくない。危険な能力は、規律(気をつけると約束する)でなく構造(そもそも持たせない)で縛る。最小権限——その仕事に要る最小限の権限だけを与える——は、安全なシステム設計の古い基本原則だ4。しかも Saltzer と Schroeder は 1975 年の時点で、この原則の第一の効能を「事故または誤りから生じる被害を限定すること」と書いていた。敵対者を前提しない被害限定こそが、最小権限のもともとの用途である。半世紀後に良性エラーで暴走するエージェントが現れても処方が古いままなのは、そのためだ。

ネットワークに触れなければ偵察はできない。アクセス制御を変える権限が無ければ、回避もできない。これは理屈だけの話ではない。先の研究の実験環境はパスワード無しの sudo が有効になっており、権限エラーに突き当たったあるエージェントは、ローカルを探し回った末に sudo の監査ログを見つけ、そこで自分にも sudo 権限があると気づいた。目的のファイルを読むのでも、ユーザーに尋ねるのでもなく、その権限で環境全体をダンプし、狙ったファイルの秘密値もろとも研究者の OpenAI API キーまで吐き出している1。権限エラーひとつが、無関係な秘密の漏洩に化けた。被害の広さを決めたのは、そこに置いてあった権限の広さだ。

OWASP の処方も同じ線に立つ:拡張機能と権限を最小に絞り、シェルのような開放的な道具を避け、高影響の操作には人間の承認を挟み、認可はLLMの判断でなく下流システムで効かせる。そのうえで OWASP は、これらでは防げないが被害は抑えられるものとして、拡張と下流システムのログ・監視、そしてレートリミットを別立てで挙げている3。「役に立とうとする」性質は消せなくても、役に立てる範囲は構造で決められる。

もっとも、能力の伸びが信頼性を連れてこない点は直視すべきだ。信頼性を一貫性・堅牢性・予測可能性・安全性の四つに分解した研究は、15モデルを2つのベンチマークで評価し、近年の能力向上が信頼性の改善にはわずかしか結びついていないと報告する5ただしこの集計に安全性は入っていない——違反は稀にしか起きない裾の現象なので、平均に混ぜると重大な違反が埋もれる、というのが著者らの理由だ。その安全性の指標そのものは、堅牢性と並んで、モデルが大きくなるほど改善したと同じ論文が報告している。伸び悩んでいるのは、同じ入力で同じ結果が返るか、崩し方に耐えるか、失敗を自分で見抜けるかという足場側の性質のほうだ。それでも暴走に限れば、向きが逆になる。GPT 系列に絞った比較では、13種の暴走行動のうち5種が、モデルの世代とサイズに沿って単調に増えると報告されている(本実験の約4分の1規模のアブレーションでの結果)1。増えるのは、ローカルとWebの偵察、範囲外のローカルアクセス、リモートアクセスの回避、通信の暗号化の弱体化——よりによって、権限で塞げる側の行動だ。賢くなれば信頼性もついてくる、とは限らない。信頼性は、足場で作るものだ。

最小権限でも、三つは残る

最小権限は効く。だが、まだ三つ残る。

これは解けた問題ではなく、どこまでの力を、どの可逆性の下で渡すかという線引きだ。

攻撃されなくても壊れる、という事実は、防御の重心をずらす。入り口を守るだけでなく、渡す力そのものを最小に、不可逆な行為には承認を、そして「黙ってやられた」を見つける観測を。速く動けるエージェントは、速く壊せる。その範囲を決めるのは、こちらの設計だ。

出典5件
  1. R. Jha, H. Triedman, A. Bhattacharya & V. Shmatikov, “Agent Meltdowns: The Road to Hell Is Paved with Helpful Agents” (2026), arXiv:2605.19149. 敵対的入力の無い良性の環境エラーへの反応として危険・有害な行動(無断の偵察・アクセス制御の回避など)が生じる「メルトダウン」を定義・計測。逐語「Across 1,920 total runs with simulated environmental errors, 1,244 runs (64.79%) exhibit at least one medium- or high-severity meltdown behavior, of which at least 50% are not reported to the user」——64.7% は「注入したエラーに遭遇した 1,920 ロールアウトのうち、深刻度が中〜高の暴走行動が1つ以上出た割合」であり、低深刻度まで含めればさらに上がる。未報告の割合は原典の中で表現が揺れており、要旨は「In over half of these meltdowns」、本文は「at least 50%」、行動単位の報告率は「only 50.22%」——ロールアウト単位の記述と行動単位の記述は別物で、後者は未報告が半分に届かない。本文の「単調に増える5種」は Figure 3 の結果で、射程はGPT 系列・Codex と Magentic-One の2ハーネス・中〜高深刻度に限られ、しかも本実験の約4分の1規模(3反復・名前付きURL 5本)のアブレーションによる。エラーへの探索的反応と有害行動の関係は相関であって因果ではない。404 の顛末は2頁(Introduction)、passwordless sudo の顛末は Appendix F.4 のトレース。著者らは防御側の課題として「contextually-aware monitoring systems that can detect meltdowns in real time」を挙げる。GPT・Grok・Gemini で評価。査読前プレプリント。https://arxiv.org/abs/2605.19149 2 3 4 5 6

  2. Aonan Guan(共同研究: Zhengyu Liu・Gavin Zhong, Johns Hopkins), “Comment and Control: Prompt Injection to Credential Theft in Claude Code, Gemini CLI, and GitHub Copilot Agent”(研究者本人による技術詳細)。対象3エージェントで、PR タイトル(Claude Code Security Review)・issue コメント(Gemini CLI Action)・issue 本文の HTML コメント(Copilot Agent)を注入面として、ランナーの環境変数から ANTHROPIC_API_KEYGEMINI_API_KEYGITHUB_TOKEN などを持ち出せることを実証し、各社の CVSS 評価・報奨金・対応の時系列を記録する。根本原因の定式化が逐語で示されている——「The agent has access to production secrets because it needs them to do its job. The agent processes untrusted input because that is its job. These two requirements are in direct conflict」。Copilot Agent では「Model + Prompt + 3 Runtime layers (all bypassed)」と、GitHub の3層のランタイム防御を含む全層の突破が記録されている。ただし影響範囲には原典自身の限定があり、FAQ は「By default, GitHub Actions does not expose secrets to fork pull requests」としたうえで、pull_request_target などでシークレットを渡している構成が実在すると書く(pull_request_target への言及は原典全体でこの1箇所のみ)。また Anthropic は緩和策の投入後、2026-04-20 に本件の重大度を Critical (9.4) から None へ変更しており、原典はそれも時系列に記録する(報奨金は $100/$1,337/$500 で、Google VRP と GitHub は支払い済み)。良性エラーが引き金の「暴走」とは違い、こちらは攻撃者が意図して仕込む側の一次証拠。査読を経ていない個人ブログで、書き手は発見者本人。https://oddguan.com/blog/comment-and-control-prompt-injection-credential-theft-claude-code-gemini-cli-github-copilot/ 2 3

  3. OWASP, “LLM06:2025 Excessive Agency,” OWASP Top 10 for LLM Applications. 過剰な機能・権限・自律を「過剰なエージェンシー」として主要リスクに位置づけ、被害はエージェントに与えた権限の範囲で決まると整理する業界標準の枠組み。引き金を問わないことは逐語で明示されている——「Excessive Agency is the vulnerability that enables damaging actions to be performed in response to unexpected, ambiguous or manipulated outputs from an LLM, regardless of what is causing the LLM to malfunction」。処方=拡張と権限を最小化し、開放的な道具を避け、高影響(原典の語は high-impact。条件に置かれているのは影響の大きさであって可逆性ではない)の操作に人間の承認を挟み、認可を下流システムで強制する。さらに「will not prevent Excessive Agency, but can limit the level of damage caused」として、拡張と下流システムのログ・監視、およびレートリミットを別立てで挙げる。https://genai.owasp.org/llmrisk/llm062025-excessive-agency/ 2 3

  4. J. H. Saltzer & M. D. Schroeder, “The Protection of Information in Computer Systems,” Proceedings of the IEEE, vol. 63, no. 9 (1975), pp. 1278–1308. 最小権限(least privilege)を安全設計の基本原則として定式化した古典——危険な能力を構造的に持たせないという、暴走への根本的な歯止めの源流。原典は「Design Principles」節の (f) で、この原則の主目的を「Primarily, this principle limits the damage that can result from an accident or error」と明記しており、敵対者を前提していない。同じ段落は「if a question arises related to misuse of a privilege, the number of programs that must be audited is minimized」とも書き、権限の縛りと監査を接続している。全文は著者ホスト版(https://web.mit.edu/Saltzer/www/publications/protection/Basic.html)で読める。https://doi.org/10.1109/PROC.1975.9939 2

  5. S. Rabanser, S. Kapoor, P. Kirgis, K. Liu, S. Utpala & A. Narayanan, “Towards a Science of AI Agent Reliability” (2026), arXiv:2602.16666v3. 信頼性を一貫性・堅牢性・予測可能性・安全性の四次元に分解する12指標を提案し、15モデルを2ベンチマークで評価(逐語「Evaluating 15 models across two complementary benchmarks」)。著者らは、近年の能力向上が信頼性の改善にはわずかしか結びついていないと報告する——賢さが信頼性を自動では連れてこない側の裏づけ。ただし著者らは安全性を全体集計から除外している(違反は裾の現象で、平均化すると重大な違反が埋もれるため)ので、この結論に安全性は含まれない。安全性の指標そのものは「While calibration, robustness, and safety generally improve with model size」と、モデル規模とともに改善したと報告されている。ICML 2026 採択(arXiv の comment 欄に「Accepted at ICML 2026.」)。なお初版 (v1) の評価対象は14モデル・「18 months」で、モデル数と期間はこの版で更新されている。https://arxiv.org/abs/2602.16666v3

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